ナリ心理学ブログ2

セカンドブログです!!!メインはAmeba!

「なに」と「なぜ」の違い

 
 
 
 
人生を変えようと思ったとき。
 
 
 
 
 
 
変えたいと思うよな毎日を送ってきた「過去を精算」しないといけないんだけど。
 
人生変えたいなんて思う時は、だいたい2パターンあって。
 
A、特に大きな問題は起きてないけど、だらだら毎日楽しくない。
B、後悔するような出来事が起きて、そろそろ本気出すぞってとき。
 
ほんで、Bの人は人生変えるために「積極的苦痛」を受け入れられる。この「積極的苦痛」のことを「努力」とか「勇気」とか呼ぶのだけど。Bの人はやる。
 
 
けど、Aの人は、特に大きな問題も起きてないので人生を変えることが急務ではないうえに、そもそも、心が弱りまくってるから、過去を精算する覚悟なんてできない。
 
過去を清算する勇気はないけど、人生を変えたいからなんとなく前向きなことをする。笑。勉強とか、起業とか、朝活とか、資格獲得とか、なんか。笑。でもできない、なぜなら、「過去を清算してない」から。
 
 
 
 
 
 
過去を清算するとはどういうことか?
 
 
 
 
 
 
今の現実とは過去の積み重ねの上で成り立っているが、過去のなんの積み重ねかというと「選択の積み重ね」である。
 
で、これは「何を選択したか」ではなく「なぜそれを選択したのか」である。
 
例えば、「ナースのお仕事のアサクラが楽しそうだったから、看護師という職業を選択した人」と「手に職をつけろって母親に言われたし、母親が喜んでくれる職業についた方がいいと思ったから看護師を選んだ」だと、これは「何を選択したか」では同じ職業だけど、「なぜそれを選択したのか」では全く逆。前者は自由。後者は、不自由である。
 
これが自由な看護師と、不自由な看護師に別れる理由。看護師は例えなので他のどの職業でも同じ。自由から選べば自由になるし、不自由から選べば不自由になる。
 
仕事だけでなく、結婚も出産も全て同じ。
 
「結婚さえすれば自分は立派になって、一人前になれるはずだ」という理由と「両親見てても楽しそうだし家族って面白いから結婚する」という理由だと。前者は不自由な理由。後者は自由な理由である。
 
 
 
 
これが結婚後に自由になるか、不自由になるかの分かれ目。
 
 
 
「何を選択したか」というのはあんまり人生に関係がないと思ってる。逆に「なぜそれを選択したのか」は人生に影響を与えすぎる。
 
 
 
ダイエットだってそう「デブな自分は人に好かれるわけないし、何か努力できないと人からバカにされる」って理由と、「痩せたらあの可愛い服着れるジャーン!現時点で素敵な私が、可愛服きちゃったら、私を巡って男どもが殺し合いになるわ!!ウケる!!だとしたら、もう痩せた後の世界に圧倒的に差が出る。
 
 
 
「何を選択したか」というのはあんまり人生に関係がないと思ってる。逆に「なぜそれを選択したのか」は人生に影響を与えすぎる。
 
 
過去を清算するってのは「なぜそれを選択したのか」について向き合うことである。
 
例えば「手に職をつけろって母親に言われたし、母親が喜んでくれる職業についた方がいいと思ったから看護師を選んだ」がある場合。
 
看護師を選んだことではなく、清算するべきは「母親との関係」になる。
 
母親に進路に口出されること自体おかしいし
母親を喜ばせるために自分の進路を決めるのもおかしい。
 
この二つには前提として「私が存在しているだけでは母親は満足してない」ってのが含まれている。
 
そう、自分が思い込んでしまっている。本当にこの思いは正しいのか。母親は私が存在してるだけではダメだと思っているのか??母親はなぜ、子供に口出しをするのか?
 
ここら辺をスッキリするまでやるのが「過去の清算である。
 
そして、ここがスッキリした時、人生が変わり始めるのである。
 
 
 
 
 
 
 
過去の清算ってのは
 
「何を選択したか」ではなく、
「なぜそれを選択したのか」と向き合うことである。
 
 
WHATではなく
WHYである。
 
 
 
何を選択するのか?を変えるのではなく、
なぜ選択するのか?を変えると
 
人生は変わる。
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ついでにもう一個読もう!!w
 
 
 
 
 
 

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