■心理と精神の違い。

 

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ピクニックとハイキングの違いは何でしょうか??

 

まぁ、こんなことは知らなくても余裕しゃくしゃくで生きていける。

 

パフェとサンデーの違いも別に生きてく上ではどうでもいい、ちなみにおれは、どちらの違いも知らないw

TSUTAYAタワーレコードの違いも今だによくわかってないくらいだ。

(渋谷のスクランブル交差点のスタバの上にあるのは、ずっとタワーレコードだと思い込んでるくらいだ。)

たださ、こーゆー風な仕事をしてると知っといたほうがいい言葉の違いもあるんだよね。

 

例えば「論理と理論」とかね。

 

これはさー、意外とわからずに使ってるかもね( ´ ▽ ` )ノこれはね、簡単な覚え方があるから教えてあげよう。

 

論理ってのは、「論の理(ことわり)」ってことで。

理論ってのは、「理(ことわり)の論」ってことだ。

 

英語にするとわかりやすいよ。論理はロジカルだし、理論はセオリーだからね。

 

「論理的におかしいよ」って言われたら、話の組み立て方がおかしいってことで。「理論的におかしいよ」っていわれたら、そもそもの前提がおかしいってことです。

 

ほらわかったでしょ?w( ´ ▽ ` )ノ難しい?、、、あはは、、、なら覚えなくても死なないから、覚えなくても大丈夫だよ。おれは知らないと死ぬかもしれなかったから覚えたんだよw

 

でも今だに与党と野党がわからなくなることがあるけど、知らなくても死なないから覚えないよw

 

あと参議院衆議院もわからなくなるね。まぁー死なないから覚えないよ。

右翼と左翼の違いは忘れたくても忘れられないくらい覚えてるのにねw

 

 

でさ、

 

もひとつあってさ。

 

こーゆー仕事してると考えておかなくちゃいいけないことがあってね、、、それが、

 

★心理と精神ってやつ。

 

これも意外とみんなごちゃ混ぜで使ってるよね、まぁ、死なないからいいんだけどwおれは死ぬかもしれないから覚えてるよw

 

心理学とはいうけど、精神学とは言わないし。

精神力とはいうけど、心理力とは言わないねー。

 

心理は英語だとサイコロジーで。精神はスピリットだね。

 

心理ってのは「心の理(ことわり)」ってことだね、つまり心の仕組み。人間的な心の仕組み。つまり「人はaを感じたらbになるよ」ってのが心理学だね。だから心理学を学ぶと人間の仕組みがわかるんだよね。

でも心理学自体がまだまだ歴史の浅い学問だから、まだまだわかってないことだらけなんだ。だから心理学もまだまだ万能じゃないねーーー、ここ100年くらいしか歴史ないだろうね。

で、心理ってのは人間の心の仕組みだから、学べば「自分の心の仕組みがわかるようになるね」これは車で言えば運転の仕方がわかるってことだね、心理学を学ぶってのは「心の運転の仕方学を学ぶ」ってのと同じだね。

 

じゃーー、精神ってのは何かというと。

エネルギーーーみたいなものかな。車で言うなれば「ガソリン」だね。だから精神は増やすことができるんだよね、心理は心の仕組みだから「増やす」のではなく「知る」だね。精神はエネルギーだから「知る」ではなく「増やす」だね。

 

「人生は勘違いだから、幸せだと勘違いしたらええで」ってのは心理ではなく、精神世界の方の話だ。そもそも「心理学」は学問だから仮説と検証だけど、「精神」は仮説と信仰だね。ぜんぜん違うね。だから男性は心理学が好きな人の方が多いし、女性は精神的なもののほうが好きよね。

 

「心のこと」を学んでるとさ、この二つがごっちゃになってる人とかにあうよね。

 

わかりやすいのが、精神世界のことを科学的な論拠を持って証明しようとしてる人だ。例えば「ワンネス」という考え方、「世界は元々一つだったんだ」ってやつ、だから僕らはつながってるんだ、みたいなやつ、あれは論拠を「宇宙論」にしてるでしょ、、宇宙論はつまり物理学だ。仮説と信仰の精神世界を仮説と検証の科学を論拠にしてるから気持ち悪いんだよねーーっていつも思う。でさ、科学的証明って所詮「科学的証明」であって、別に「この世の真理」じゃないやん。だから、。精神世界を信仰してる人が「この宇宙はビックバンが起きて、、、」とか言うのを聞いてると「なぜ、科学を論拠に精神世界を信じてるんだろう?」と思うんよね。科学なんて知れば知るほど、まだわからないことだらけだ、ってわかるのにさ。だから「科学的に。。。」ってことは「まだわからないけど、今のところは」って意味なんだよね。

スピリチュアルな人たちは「この宇宙の仕組みは。。」とか言うやん。精神世界は仮説と信仰なんだから、そこに科学的な証拠とかいらないから!!とか思う。

 

でも世界では唯物論的世界観」が主流だね、つまり「物があって世界がある」って考え方だ。これが主流だから、精神世界的な考え方って理解されにくいけどさ、、まぁ、他人に理解されなくてもいいっちゃいいんだけど。

 

で、僕のスタンスはいつも言ってるけど、精神世界的スタンスでもなく、科学的スタンスでもなく。哲学的なスタンスで在りたいなと思ってます。精神世界は仮説と信仰。科学は仮説と検証。哲学的スタンスは「仮説と検証したいけど、、、できないよなー。。」ですw

この中だと一番中途半端だよねw 検証したい気持ちはあるの、だけど、できないよなーー、、ってのもうすうすわかってるのwでも、したいのw

 

精神世界君と。科学君と。、哲学君がいたとして、この世界がなぜあるのか?という問があったとき。

 

精神世界君は「この世界は幻想であり、愛です」みたいなふわっとしたこと言ってるけど、本人はそれを信じてる。

 

科学君は「今〇〇という仮説を立てていまして、それを検証中です」と解き明かそうと奮闘中

 

哲学君は「ねぅxyつ!!、おsもあkなどkldnhk;fdっslvfpssexsexsexsex!!!!!!!!オーマイガ!!」って感じですwぶっこwもうぶっこしてるw

 

僕はこのぶっ壊れてる感じであと60年ほど生きていこうかなーーーって思ってます。これ今日おれなんの話してるんだろうね、、最初は心理と精神の違いの話だったのにw心理と精神の違いはわかったよね?wわからなくてもいいよ、死なないしw

 

でも僕はね、この精神世界と科学的な世界とのつなげて行くのは哲学的スタンスだと思ってるんです。信仰と検証の両立、これは哲学的スタンスの人の仕事だと思うなーーー。

 

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