■相手は何をわかってほしいのだろうか?自分は何をわかってもらいたいのか?は魔法の質問

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『何をわかってほしいだろう?』
 
 
これは
魔法の質問である。
 
 
相手に対しても
自分に対しても。
 
 
相手が
・怒ってるとき、
・イライラしてるとき、
・すねてるとき、
・悲しそうなとき、
・ふてくされてるとき、
・ 何処かにいなくなりそうなとき、
・周りとの関係を断とうとしてるとき
etc...
 
 
明らかに普段じゃない感情に支配されていそうな人がいた時、
 
 
家族や
恋人や
友達や
知人や
仲間や
 
 
そんなときは
 
 
『この人は何をわかってもらいたいのだろう?』という
 
魔法の質問を自分にしてみることだ。
 
 
たいてい人が怒っていたり、嫌な感情を持っていそうなときは
 
ただたんに『わかってもらいたい』だけだったりする。
 
わかってもらえなくて、ぶーぶー、言ってるだけなのだ。
 
ぶーぶー言ってる人を見たら、、
 
 
・『この人は何をわかってもらえなくて』
・『この人は何を伝えたいのに伝えられなくて』
・『この人はどんな自分の気持ちを理解してもらいたいのかな?』
 
 
この角度から
相手に接してあげると、
 
相手のぶーぶーも収まったりする。
 
 
 
これは
 
相手だけでなく自分に対してもそうなのだ。
 
 
自分が、
・怒りたかったり、
・イライラしたかったり、
・すねてたかったり、
・悲しかったり、
・ふてくしたかったり、
・ 何処かにいなくなりたくなったとり、
・周りとの関係を断ちたかったり、
etc...
 
 
するとき。
 
 
『自分はどんな気持ちをわかってもらいたいのだろう?』
 
 
と自分自身に対して聞いてみる。
 
 
 
自分は
・『何を相手にわかってもらいたくて』
・『自分は何を相手に伝えたくて』
・『自分は自分の何を相手に大切にされたくて』
・『自分は自分の何を相手に傷つけられたのか』
etc...
 
 
自分から自分自身に聞いてみる。
 
 
この角度から
自分自身に接してみる。
 
 
すると
怒りは収まり。
 
自分が本当に感じてた気持ちに気づく。
 
 
 
質問を2人にしてみる。
 
 
自分と相手
 
 
喧嘩したり
ギクシャクしたり
しそうになったり
 
怒ったり
ふてくしたり
すねたり
しそうになったとき。
 
 
やってみると
すっごく楽になります。
 
 
 
「理解される」というのは人間の究極の目的の一つかもしれません。
 
 
なので
 
 
「理解されない」は究極的に本当に辛いのですね。
 
 
相手も
自分も。
 
 
 
そして
「理解してみよう」というスタンスを自分からすることで、
 
 
相手は心を開いてくれます。
 
 
心理学的には当たり前のことですが、相手が心を閉じてるときというのはたいてい、自分も心を閉じてるときです。
 
そして人は
 
「相手が心を閉じてるから、自分も心を閉じてしまったのだ」と思ってしまいますか、
 
 
違います。
 
 
というか
 
 
違うと
思ってください。
 
 
相手が心を閉じてるから、自分が心を閉じたのではなく、
 
 
自分が心を閉じた「から」、相手も心を閉じたのです。
 
 
※(いや、それでも相手が先に心を閉じたよ!どう考えても相手がいけないことをしたから、、、、、と思ってしまうかもしれませんが。
その人との関係を良くしたくないのであれば相手のせいにしてください。そして必ず相手もあなたのせいにしてますから。お互い様で、平行線です。)
 
 
 
自分が心を閉じた「から」、相手も心を閉じたのです。
 
 
逆もしかりです。
 
 
相手が心を開いてくれたら、自分も心を開こうとするのではなく、
 
 
自分が心を開く「から」、相手も心を開くのです。
 
 
「から」はいつも自分です。
 
 
自分が閉じてる「から」、、、です。
 
 
自分が開く「から」、、、です。
 
 
自分がわかろうとする「から」、、です。
 
 
自分が理解しようとする「から」、、、です。
 
 
「から」はいつも自分からです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ナリ・1989.2.20長野県中野市出身
 
 
 
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